【特別な母の日】
2012.5.16
3週間くらい前、母が転倒して右肩を骨折してしまった。
ほぼ何もできない。
初めは起き上がることすら出来なかった。
おかげで私は、それ以来、仕事帰りに買い物をして実家へ行き、家事をするという日々を送っている。
実家で母が一緒にいて、自分が家事をするなんてことは初めてだ。
普通の家庭ならあったかもしれないが、とても働き者の母がいる我が家には無かった。
実家にいる弟も、透析へ通う母の送迎はするも、家事は任せっきりだった。
実際にやってみると結構大変だ。
買い物をして帰るとすぐに夕食の準備→片付け→洗濯→(たまに母の洗髪)→弟の夜食の準備→その他もろもろ。。。→帰宅
でも、このピンチはいい機会だと思っている。
何でも一人で頑張ってしまう母の役に立てるのは嬉しい。
毎日のように夕飯を共にするのも何年ぶりだろう。
母もちょっと嬉しそうだ。
母の大変さも分かった。
この状況で「母の日」を迎えられたのも良いタイミングだ。
今まで以上に母に感謝をした。(今まではプレゼントがメインになっていたということに気づいた。)
もっともっと親孝行したいと思った。
今、母と居る時間を大切にしたいと思う。
(NON)
【夢の実現】
2012.5.8
気仙沼にボランティアに行った。
気仙沼といっても、市街地ではなく、そこから車で15分ほど走ったところにある「舞根(もうね)」地区というところ。
ここは、舞根湾という小さな湾を囲むような集落で、震災前は50世帯ほどが暮らしていた。
しかし、津波の影響で大半の家屋が流され、今は数軒しか残っていない。
家を流された方たちは、仮設住宅で生活を送っている。
今、この集落に人々を呼び戻し、いったんゼロにリセットされた状態から、震災前の姿に復興させるのではなく、もっと多くの人で賑わうような地域に育てていこうと奮闘している方々がいる。
その方たちの活動を支援しに行った。
話を伺うと、被災した悲壮感などは微塵もない。
まずは、仮設住宅にいる人たちを呼び戻すべく、舞根地区の経済を支えてきた牡蠣やホタテの養殖事業の再開に尽力している。
ただし、養殖に必要な機材などはすべて流されてしまったため、先行投資が必要。
そこで、今後出荷される牡蠣やホタテのオーナーを募り、先に代金をいただくことで、資金を調達。
これを、機材の準備やそこで働く人々の給与に充当し、養殖事業を再開している。
仮設住宅の人々は、仕事のために舞根まで足を運び、そこに生き甲斐を見い出している。
いずれは、仮設住宅に住む人たちが、再び舞根地区で生活できるように、山に伸び放題になった杉の木を間引き、それを使って安価に家を建てる方法を検討しているそうだ。
さらに、将来は、子供たちが養殖事業を体験したり、海も山も川も揃っている環境で自然体験ができるような施設を造り、人の往来を増やし、地域を活性化させたいという夢も描いている。
この夢の実現に、少しでもかかわっていけたらと思う。
(YOKO)
【鍛錬】
2012.5.1
先日、長年勤めた会社の後輩Sくんと10年ぶりに会ってゴルフをした。
聞くと、学生時代にはサッカーをやりながら、ゴルフの同好会にも
入ってラウンドしていたという。年に何回かしかラウンドしてないと
いう割には、会心のショットを何発も放っていた。
Sくんとは年賀状のやりとりくらいだったが、ここ最近、フェイスブックでも
つながった。お互いある程度、近況を発信しているので、10年ぶりという感じは
全くしない。
加えて、ボクもそうだが、Sくんも体型が昔とほとんど変わってない。
フルマラソンも6回走ったとかで、40代後半の年齢で3時間半を切るという猛者。
「相当鍛えているんだろうなぁ。」と思って聞いてみると、なんとほぼ毎朝、
出勤前にジム通いし、8-10kmほど走っていると。
また、今度はトライアスロンにもチャレンジしようと考えているとか。
お、Sくんも人生前向きに頑張っているなぁと触発された。
フェイスブックでの交友関係も幅広いようだし、クラブつながりもあり、
ゴルフも好きそう。
会社時代よりも、遊び仲間として今後新たなつきあいが生まれてきそうな気がします。
(AK)
【惚れてまうやろ!】
2012.4.24
先日、旦那のサッカーの試合に久しぶりに同行した。
一昨年までは頻繁に行っていたが、昨年は震災による自粛で試合数が激減していたのと、自分の結婚式の準備あり、暫く行けていなかった。
同行しても、ほとんど観戦することはなく、チームメイトが連れてきている子供と遊ぶこと(お守り)が私の重要な役割。
良く来ている子が3人。姉妹と、男の子。
初めて会ったのは2年ちょっと前か?
男の子はまだオムツが外れていなかった。姉妹の妹も3歳。
あの頃は本当に大変だった。
一人でまとめて、しかも何もない(且つ危険な)サッカーグラウンドの脇で面倒を見るのは至難の技。。。
走り回る(居なくなる)。だだをこねる。何かを取り合う。お漏らしをする。。。
親でも保育士でもないので、どこまでしてあげて良いかも分からず、子供たちも不憫で、同行するのが嫌になった時期もあった。
しかし、子供の成長は著しい。
姉妹は妹もこの4月で小学生になり、会話も成り立つので問題なく遊ぶことができた。
全く言うことを聞いてくれなかった男の子も「ありがとう」「ごめんなさい」が自分で言えるようになっていた。
それどころか、「オヤツの時間にしよう」と自分で言い出し、おそらく母親に持たされた(微量の)オヤツをおとなしく食べ始めた。
更に、「おいしい、おいしい」と食べていたオヤツを少しずつ私にもくれる。まさかの行動に「ありがとう。Eくんは優しいんだね。」と言うと、名台詞が飛び出した。
「おいしいものは、あげないとね!」
これはまさにアンパンマンの「僕の顔を食べて」と同じくらい愛にあふれた言葉だ。
と、私は思った。感動した。
ハイチュウの一粒まで、一生懸命こねくり回して半分をくれた(苦笑;)。
保育園で教えてもらったのか、親の教育かは不明だが、本当に素晴らしいと思った。
「惚れてまうやろ!(笑)」
私も使いたい。「おいしいものはあげないとね!」
他人を思いやる4歳男児カッコイイ言動にとても勉強させられた。
(NON)
【サクラ】
2012.4.17
今年は、桜の開花時期が遅く、東京では4月中旬まで楽しむことができた。
かくいう私も、花見に繰り出し、美しい桜と美味しいお酒を堪能。
ところで、日本人は、なぜこんなに桜が好きなんだろうか。
美しい花を咲かせる期間が短く、その儚さに惹かれるとよく言われる。
満開の桜を見ながらも、散りゆく姿を想像し、この一瞬の輝きの尊さを噛みしめる。
そして、自分の人生と重ね合わせる。
そんなところかもしれない。
桜は、英語で「CHERRY BLOSSOM」。
ある本で読んだが、この語感は、満開の桜の様子をイメージしてつけられたものと考えられる
そうだ。
確かに、満開の桜の花が豊かに咲き誇る姿と「チェリーブラッサム」という語感は、どこか
つながっている気がする。
一方、日本語では「サクラ」と発音する。
この語感から、満開の桜が咲き誇る様子をイメージするのは難しい。
むしろ、風に吹かれ、散りゆく花の姿のほうがイメージしやすい。
ここに、日本人の感性がとてもよく表れている気がする。
日本人のこういうところ、とても好きです。
(YOKO)
【つながり感】
2012.4.10
ここのところ、世の中的には遅ればせながらフェイスブックにはまっている。
これにはまっている人は、この独特なつながり感の理由だろうと
なんとなく自分でも理解しだしてきた。
先週末には東京でも桜が満開になったこともあり、きれいな桜の写真アップが
立て続けに。ボクも会社の近所、芝公園with東京タワー、家の近所と
何回か桜写真をアップした。
もともと桜の花は大好きゆえ、きれいだと思う友達の桜写真には、
「いいね!」を連発する。
自分がアップした情報にも友達からの「いいね!」や
コメントが入るとモチベーションが高まる。
決してまめなほうではないので頻度は少ないが、
おもしろいと思った知人のネタにはたまにコメントを書く。
使ってゆくたびに、これを開発した人は、人の心をきびをくすぐるよう
うまいこと作ってるなぁと感心する次第。また、ボタンひとつで
操作が簡単ということや実名が多く安心感があるところも受けている所以か。
土曜日は、朝、昼、夜とスマホで移動先から近況を発信。
意外な人からコメントをもらったりすると、
あ、見てくれたんだと少しうれしい気持になる。
友達もだいぶ増えてきたし、またもうちょっとフェイスブックの世界を探検してみよう。
(AK)
【仕込みが違う】
2012.4.4
「エイプリルフールを楽しみたい」
私は毎年4月1日を迎えると、何か面白い「ウソ」をついてやろう!と言う気持ちになる。しかし、結局「これだ!」というものが思い浮かばず、あっという間にこの日が終わってしまう。
企業の取り組みはすごい。
東京意新聞は2面をぶち抜きで「ウソ」の記事。エイプリスフール用の記事なのだ。
「日本にいた、白黒反転のパンダ」から始まり、はとバスの広告まで「はとバスは世界一のタワー建設に向けて動き出しました」など、かなり本気で「ウソ」を掲載。
auも、CMで起用している「巨人の星」と連動させて「大リーグボール養成 スマートフォン 「MAKYU 01」を発表」。
Googleは、「Googleマップをドラクエの世界風表示」。
どれもとてもユニークだ。楽しんで楽しませている。これがやりたい。
来年こそは何か実現したい!
そんなスピーチをミーティングでしたところ、AKさんに「構成、時間も悪くはないが、何か物足りない。。。」と。
何故か。。。?
「何か、きっと来年も出来なそう」
確かに絶対にやれるか?というと自信がなかった。
その時になってみないと。。。という感じ。
原因はそれだ!当日になった考えるようなつもりでは実現しないのだ。
仕込みが大違いだ。
決めた!来年は3月から考えてみよう。手帳に記した。
目指せ!「小粋なプチウソ」。
(NON)
【過保護】
2012.3.27
今年の東京マラソンは、入念に準備したおかげで、前半は自分でも驚くくらい早いペースで
走ることができた。
しかし、自分の実力には見合っていなかったようで、25km過ぎから足に激痛が走り、30kmを
越えたところで、足が動かなくなった。
そこからは、「少し走って、止まって、歩いて、また走る」の繰り返し。
結局、前回のタイムを超えることはできなかった。
そこで、今は脚力の強化に取り組んでいる。
1つは、スクワット。
壁に向かって、20センチぐらいの所に立ち、膝が壁に当たらないようにスクワットをする。
これが効果的らしい。
最初はかなりきつかったが、最近は徐々に回数も増えてきた。
もう1つは、裸足感覚のランニングシューズでの走り込み。
レース後半に足が動かなくなる原因の一つに、普段から足を過保護にし過ぎているという
問題があるらしい。
足に負担をかけないよう、素材や技術が進歩したおかげで、今のシューズを履いていると
足そのものが弱体化するそうだ。
具体的には、過保護にした代償として、土ふまずが発達しなくなり、足指で地面をとらえる
こともできなくなる。
その問題を解決するために、極力機能を削ぎ落とし、裸足に近い感覚で地面を捉えられる
シューズが生まれたとのこと。
毎朝のランニングで履いているが、ホントに地面の感覚が足の裏にビシビシ伝わってくる。
このシューズで走り終えると、足に疲労感がたまるが、それはきっと筋肉がついた証拠。
(と、思い込んでいる)
ランニングをしている方、ぜひお試しください!
(YOKO)

『生まれ変わってもこの仕事がしたい』
私がまだサラリーマンだったときから、毎朝5時に起きて書き、出版した処女作です。
「独立したい」という私のキャリアの「夢」は本当にかなうのか・・・
そもそも、「出版」という独立の前に課した目標が、実現するのか・・・
「生まれ変わってもこの仕事がしたい」と思える仕事はどうしたら実際に見つけられるのか、またどのようにすればそれを具現化することができるのか、まさに自分のキャリアで”人体実験“をしながら、その方法論や実践知をまとめ上げた「自分が望むキャリアを実現する」ための実践書です。
私自身が実践した結果、実際に出版が決まり、私は「独立」を決心し、実行しました。
そして、5年たった今も、とても楽しくワクワクした日々を過ごしています。
そういう意味では本書は少なくとも私にとっては、「看板に偽りなし」です。
堀田 孝治
【facebook】
2012.3.21
波乗り仲間に誘われてフェイスブックに入ったのは2010年12月。
1年あまりの間は、友達のリクエストに応じるくらいで、自らつながりを
増やしてゆく動きをしていなかった。
先日、ITに強いある仕事仲間に教えてもらい、使い方での疑問がある程度解消。
それをきっかけに、直接の知り合いでゆるいつながりはもっていたいなと思う
人達に対して「リクエスト活動」を遅ればせながらスタートした。
最後に会ってから何年も経つ人や、「この人は今どうしてるんだろう?」と
思いだした人、リクエストに応じてくれるお友だちが増えるごとに、
なんとなく「絆」が広がってゆくような気になる。
これを機に、ミクシーでここ数年毎週続けていたブログもフェイスブックに
移行した。というのも、フェイスブックが広がるにつれ、ミクシーブログでの
反応がだんだん悪くなってきたため。ま、これも世の中の流れというものか。
逆にフェイスブックは、見ている人が多いせいか、こちらのアップに
すぐに反応が返ってくるので書く意欲をそそられる。
先日も、何十年も音信がなく、連絡先も知らなかった学生時代の友達から突然の音信があって、とってもびっくりした。
今のところ、仕事で活用しようとは全く考えていないが、
このゆるいつながり拡大活動、もう少し続けて行ってみよう。
(AK)
